ミドサーDINKS妻のQOL向上計画

30代のほうが20代より楽しいってほんと?を検証する

30歳を過ぎてからでも読者モデルになれる

概ね自分の人生に満足した状態で、探り探り30代をスタートさせていた1年前。
ふと気付いてしまった。

うち、20代のうちにライフイベントをあらかた済ませてしまったし、残りの人生何して生きていけばいいんだろう。


思えば自分の人生に疑問を抱いたのはこの時が初めてでした。もう30歳なのに。

割と順調な人生を歩んできました

  • 高校受験の時に記念受験した某私立高校にまさかの合格を果たしてそのまま入学する
  • 予備校にもろくに通わずそのまま系列の大学へ内部進学
  • 「働きたくないでござる」と親に頭を下げて2年間だけ大学院へ
  • 「研究向いてないわ」とあっさり就活、安定している(と世間からは思われている)某企業へ
  • 同期として知り合った男子ととんとん拍子にお付き合い、27歳で結婚する
  • 28歳で夫と共同名義のマンションを契約して、29歳で引き渡し

人生なめとんのかというくらい順風満帆に見えます。箇条書きにすると。
もちろん、思春期特有の悩みもあったし、別れ話がこじれて眠れずに友達に電話をかけた夜もあったし、会社で泣いたこともあります。
でもそれぞれの進学先で一生ものと思える友人も出来たし、職場の人間関係も良好。夫婦仲も良い。充分じゃないか。

と思っていました。30歳のとある日までは。

でも、ある日突然
「もしかしたら自分はこの先何十年間も家と会社の往復だけして歳を取るのか」
という考えが頭に浮かんで、ものすごく嫌になりました。

若い時は「どれだけ平々凡々な人生を送れるか」を人生のテーマにしていたくらいなので、考えが真逆に変わったことに自分が一番びっくりしました。

わたしの欲求は贅沢なのか いや決してそんなことはない

仕事があるだけありがたいと思え、とか、もっと大変な境遇の人が世の中に山ほどいるのにお前は何を言ってるんだ、とか、言ってくる人もいます。
もちろんそれは正しいし、わたしは今のままで十分すぎるくらい恵まれているのも分かっているけれど、ではそれ以上を求める権利はわたしにはないのか?
人生をもっと楽しく充実させることに対して貪欲になったらバチが当たるんだろうか?

たとえば子供がいれば。
わたしにも母性本能というものがあるのかもしれないし、我が子が母親である自分を一生懸命求めてくれれば、他の何にも代え難い喜びと幸せがあるのだと思う。
この子はわたしが守っていかねば、と真剣に思うのだと思う。
結局のところ“「ただの会社員」でないわたし”になりたいことが分かったので、子供にとって唯一の存在である母親になるというのも選択肢としては素敵です。
ただし現実問題として我が家には子供がいないし、出来る予定もありません。

とするとやはり、
「ただの会社員としてではなく、ひとりの女性として成し遂げられるなにか」
「この世で自分が唯一無二であると実感できるなにか」
を見つけない限り「家と会社を往復するだけの生活」に変わりはないので心が満たされない気がしてきました。

贅沢な悩みなのは承知の上。
したいことがその通り出来るかは別として、何がしたいか考えた時にふと思い浮かんだのは、いわゆる「読モ」でした。

30歳を過ぎてからでも読モになり得るのか

恥ずかしい話ですが、学生時代に渋谷なんかを歩いていてスカウトされたことがないわけではありませんでした。
まともな事務所だったかはわかりません。当時は「ホイホイついて行ったら騙されて無理矢理AVに出させられるんだ」と信じていて、ろくに話も聞かなかったからです。
子供の頃からとにかく身体だけは細かったです。背は平均よりは高め。
わたしはイグアナの娘みたいに自分に自信のない子だったけれど、見る人が見ればそんなに悪い顔面でもないらしいということも少しずつ分かってきました。
ファッションや美容にも人並み+αくらいには興味があります。

人前に出たいとか目立ちたいという欲求が強いわけではないけれど、もしかしたらこの見た目や身体を活かすことが出来るかもしれない。

都築由里子さんや滝沢眞規子さんみたいに30代で突然売れっ子になったり人生に大転換が起きることを今更夢見ているわけではありません。
何か少しだけでもいいから、わたしという個人として、ひとりの女性として、何かしらの生きた痕跡を残すことが出来たら。

とにかく何かしらの突破口を見つけて行動を起こしてみるしかないと考えて、丁度1年前くらいから色々と始めてみました。
とにかく雑誌や媒体に出られそうなもので、その媒体のカルチャーが自分に合うと思えば応募してみる。イベントに行ってみる。
ひとりでも臆さない。
わたしなんかが「読モになりたい」と言ったら笑われるんじゃないか、だなんて決して思わないようにする。
それだけです。

30歳を過ぎてからでも読モになれた

ということを細々と続けていると、拾ってくださる方がいらっしゃったり、たまーにお声をかけていただけたり、とてもありがたい出来事が少しずつ増えてくるようになりました。

そんなわけで、ほんのチョイ役だけれど、最近はどこかでちんまり雑誌に載ったり、某メディアで読者モデルとして採用していただいたりしています!

「読者モデル」と自分で名乗って良いレベルなのかはまだよく分からないけれど。
未経験の完全ド素人が30歳を過ぎてから「やってみたい」と思い立って実際に行動に移してから、1年で何かしらの結果を残すことが出来ました。
有言実行具合に夫も喜んでくれて応援もしてくれるし、今のところ順調です。

わたし程度のレベルであればいくらでも代わりはいるでしょう。
それでも、出させていただいている時は何にも属さない「わたし」というひとりの女性として出させていただいていることが、本当に幸せなのです。

このあとどうなるかは別にその時になってから考えれば良いし、流れに身を任せたって良いのではないか。
とにかくいただける機会とご縁に感謝して、地道に努力するだけ。
30歳を過ぎて、ようやく自分の人生というものに対してそんな考えを持てるようになりました。
本当はもっと若いうちにこんな風に思えれば良かったかもしれないけれど。

でも、
30歳という節目を迎えたからこそ考えて実際に行動を起こせたわけですし、
30代になってからでも読モって目指していいんだ!
とわたしは身をもって知ることが出来たので、もし今後ほかに興味を持つものが増えたとしても、年齢を気にすることなくどんどんチャレンジしていけるような気がしています。

余談

前のほうですこし書いたのですが、人前に出て目立ちたいというわけではありません。
わたしよりきれいでおしゃれな人が世の中たくさんいる中で敢えて表にしゃしゃり出て行くことには色々なリスクが付きまとうわけですから。
ただ、いま自分が置かれている状況から“「ただの会社員」ではないわたし”になろうとしたときに自分の属性や特徴を考えたら、そういう方向になりました。
自分の持ち味が活かせるのであれば、何の方向に行ってもいいと思います。

お題の言葉だけを読んで思ったのは今回書いた読モネタだったけれど、動画を見て思ったのは、過去記事のこれ↓でした。 


いずれにせよ、何にも囚われず、外野から聞こえてくる無責任なお説教は気にしないで、自分の気持ちに素直になることはとても幸せなこと。
気付く年齢としては早くなかったかもしれないけれど、遅かったなんてこともなかった。
自分でそれを証明出来たことが、大きな自信になっています。